愛される前提を間違えて「自分を幸せにしなかった人」の話


ノンフィクション パーソナル


最近、彼氏ができた早紀ちゃん。(仮名)

数回デートしただけだけど、それはそれは心地よく思える相手だ。

できれば結婚したい。

しかし、相手の反応が思ったように返ってこなくなった。 メールや電話の頻度が少なくなった。 この状態での女性がよく陥ってしまうのが「相手の気持ちが信じられなくて疑心暗鬼になる」ことである。(帰納法)

早紀ちゃんも例外なくそうだった。



付き合いが深まったから男ってこんなもの? そう問われた私は、こう聞いてみた。

「男の人ってどんなものか?誰かに聞いた?それともどこかで読んだ?」



彼女は、ネットで事例を検索したり、知恵袋や悩み相談の類のサイトを見たり、恋愛カウンセラーや占いなどをネットサーフィン、そして、暇さえあれば見ては保存、「後で読む」にタスクする、を繰り返していた。

公式LINEの友だち追加は、恋愛関連だけで、あっという間に100人を越したそうだ。

もはや、誰の言葉を自分だと思っているのかさえわからない状態まで来ていた。 そして、唯一変わらないことは、鳴らない電話に期待しながら待つことだった。



「今日は電話があります、私は幸せです」というトンチンカンなアファメーションまでやっても鳴らない電話は鳴らなかった。

これを健気と思うか、自分は動かないで相手が動くことで自分を幸せにしようとしていると思うか、あなたはどっち派だろう?



まず、批判的思考は、自分がどこに疑問を持つか?から始まる。健気だと思えば疑問は湧かないが、後者であれば、「自分から掛けずに掛けてきてもらう理由」に疑問を持つことができる。この疑問が次からの一問一答で一貫すれば、彼女の信じている論理は崩れる。


さて、私が前出で述べた「疑心暗鬼になる理由」は例外もあり、解決策の精度をより上げるために、演繹法(えんえきほう)に打って出た。


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これだけ時間をネットに費やしていれば、仕事はどれほどなのか聞いてみる事にした。


結婚したら仕事はどうするの? >辞めます。専業主婦になります。

彼女には、もうひとつ、うまくいっていないことがあることを事前に聞いていたため、それが結婚する目的なのかもしれないと思い、さらに聞いた。 お母さんとはどう? >嫌いです、相変わらず何もしない人だし。

私はさらに聞いた。

この前言ってた、やりたいことはその後どう? >頭打ちだからテコ入れするために、今新しいことを始めようと思っている最中です。


つまり、やろうとしていることがうまくいっていなから、うまくいくために別のことを始めるということである。 私はそのテコ入れの確信に触れるために、さらに突っ込んで聞いた。

どう頭打ちになってるの? いろいろな理由が出てきたが、つまり「してくれない」ことが頭打ちだということだった。


ここまでで、私が解決のために欲しかった情報はおおむね出揃った。

連絡がない彼の連絡を待つ。 専業主婦になる。 結婚は何もしない母から逃げるため(この段階では仮説) やりたいことがうまくいかないのは、あることをしてくれない人の「あること」を埋めるために新しいことをする。

演繹法の三段論法を彼女の筋の通った結論で表すと次のようになる。

大前提(A)愛されることはしてもらうことである。 結論(B)私はしない。 事実(C)母もある人もしてくれない。

愛されることはしてもらうことであるならば、私はしないということである。 私はしないということであるならば、母もある人もしてくれないということである。

よって、愛されることはしてもらうことであるならば、母もある人もしてくれないということである。


三段論法の原則は、各部分の論理が正しければ結論も正しいことになる。


もし仮に、A~Cの1ヶ所でも彼女の筋が通った論理に誤りがあると、正しい結論が導かれないため、例外があるということになる。

この場合の間違いとは、自分は動かないことが大前提にあるということである。

私は早紀ちゃんに、「AならばB、BならばC、よってAならばCである」の結論はほぼ間違いであると推測して解決策を提示した。



不安なのは、(して)もらうことばかり期待するからです。期待は失望とセットなので、(して)もらうことばかり考えている(執着している)と、してもらえかった時の対応まで考えられないので、自分で手を尽くすことも考えません。


それが失望感として現れるのです。自分で出来たはずのことができなかった自分に失望するのです。つまり「失望の本質」は、相手に失望しているのではなく、期待した自分に失望する、ということです。


そしてそれを隠すために(みじめな自分を守るために)相手に失望したように思うことで(手段)、自己重要感を守る(目的)ことを達成するかわりに好きな人を失うのです。(本末転倒)


お母さんにしてもらえないことを違う誰かに求めたのに、してもらえなかった。だからそれを埋めるために始める新しい事も、(して)もらうことが本当の目的だとしたら、してもらえないとわかったとき、さらにまた違う何かを始めるのではないですか?


そして、相手に期待するうちは自分で手を尽くすことも考えられないので、どんどんしてもらえなくなる確率の方が高まるのです。


してもらうことが愛される前提になっていない?(間違った論理的思考)


自分が自分に与えるものがあること、そして支え合う力の根拠となるものを持つことは、パートナーシップをより強固なものにするために有効です。 現時点でちょっとモチベーションが下がっているもののテコ入れは、自分の屋台骨とすること。※屋台骨:自分を支える中心になるもの



そう言ったとき、彼女の形相は変わった。


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おそらく嫌悪感が出てきたのかもしれないと思い、私は少し話を変えた。

「どんなことでも叶うとしたら、彼に何を求める?」

この時だけは、回答までに時間があったが、ハキハキとした口調でこう言った。

「ちゃんと話を聞いてくれること」

私は「ちゃんと」がどういうことかを尋ねてみた。 「一般論で話さないこと、早紀ちゃんはそうなんだね、と私個人の問題として受け止めてくれること」


私は、フィナーレの言葉を贈った。


早紀ちゃんは、不安の解決にネットの情報を自分の答えにしていたよね。一般論の回答をネットに求めていたね。自分の不安や疑心暗鬼を一般論に落とし込もうとしていたね。つまり、早紀ちゃんが彼に求めていることは、早紀ちゃんの心が早紀ちゃん自身に求めていることと同じなんだよ。


それが自分に「欠けているモノ」です。


そして私は、エンディングの言葉で締めた。


人の振り見て我が振り直せ、を忘れないで。

彼女は晴れた顔をして、「やだ、ホントだ」と、ケラケラ笑い出した。


「自分を認める」とは、すなわち、自分のネガティブな部分を笑えたら、その瞬間から人間性というステージはさらに上がります。



物事がうまくいかない原因のほとんどが、この「論理的思考」が不十分であるか、もしくは、論理的に判断できないということに因ります。


あなたは相手に何を求めているのでしょう?

それが自分にあるから求めているのか、自分にないから求めているのか、いずれにしても、あってもなくても満たされていないから求めているということです。

満たされていないのなら、それは足らないのではなく欠けているという事です。 欠けているものを他者から自分に埋めれば、それは「奪う」ことになります。


だからいつ破壊が起きてもおかしくない関係になるのです。


だからそうではなく、「共創する」という選択をする。


なぜほしいのか?より、なぜそれが必要だったのか?ウォンツよりニーズです。

もらうことばかり求めたらクレクレお化けになり、与えてばかりでは枯渇してしまいます。


「共創する」というと、難しく考えてしまうけど、共創で一番簡単な例は、「動植物を育てる」ことと同じです。

種から育てた花を咲かせることを体感すると、「愛を受け取ること」が身をもって経験できます。 水をあげるだけでは、花は咲かないのです。 その人から欲しいものだけもらうなら、いらないものは自分にまた返ってくるということです。

全部受け取るというのが、愛を受け取るということ。 これは花を育ててみたらわかるんですね。


耳に痛い言葉ほど感謝して、自分のモノにしていくこと。 嬉しい言葉ほど、謙遜しないで感謝し出し続けていくこと。 欲しくないものにフタをすれば欲しいものも掴めません。 何を言われたかではなく、それを誰に言われたかを大切にする。 好きな人なら耳に痛い言葉も素直に聞けるものです。 嫌われたくない人なら、受け取った後、空に投げ返せ。 嫌いな人からの嫌いな言葉なら、自分の見たくないもうひとりの自分が言っているだけなのです。 自分に素直になれなくても、好きな人になら素直になれる。 人間は、誰に何も言われなくなったとき、終わります。





ヤマモトマユミ

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