「私のせいで」という罪悪感で得るもので失うのは信用


ノンフィクション

自分を責めることと、自分の非を認めることは違う。 という話。

この2つを一緒くたにしている人が本当に多い。

自分を責めることで改善されていると勘違いするためです。

どうして?

改善する事より自分を許してもらう方が先だからです。

当然、本来向き合うべき改善する箇所からは目を背けることができます。 「許してもらうこと」は、相手のためじゃなくて自分のためだから。



芳美さん(仮名)は、よく同じ失敗をすることが悩みだった。

失敗するたびに、上司がお客様に謝罪する。


その姿を見て「私のせいですみません」と謝罪する。

失敗したくてしているわけじゃないのに墓穴を掘っていく。 私なんかいないほうがいいんですよね。

私のせいですみません。 私なんかいないほうがいい。

この2つが、改善より許しが優先になっている証です。


罪悪感というのは、まず許してもらう方が、改善より大事なんです。

自分の非を認めるというのは、相手に許してもらうためではないからです。 つまり、何回もやらかすなら、許してもらう前提で失敗してない?ということ。

私のせいで上司がお客様に謝っている。 私のせいで上司の仕事を止めてしまっている。 私のせいで上司に辛い思いをさせている。

この状況を繰り返す彼女に私は聞きました。

同じ失敗を繰り返すということは改善できていないということだよね? >はい。

私のせいで、という罪悪感を抱くことで改善できないことが叶っているよね? >はい。

じゃ、改善できないことで実現していることはなに? >前と変わらない私です・・・。

そうだよね。


罪悪感を抱くメリットは、進まなくていい、ということです。

自分を責め続けて、その場に居続けるだけでいい、ということです。

「私のせいで」と思ってしまう代わりに「じゃどう進めばいいのか」と、考えの向きを変えてみてください。

私のせいで上司を困らせてしまった、お客様を失うと思ったとしよう。


この時、「上司がお客様を失ったのは私のせいだ」と、あなたが自分を責めることがなければ、あなたがやっていたことがあります。


それは、「上司がお客様を失ったのは私のせいだ」と思ったことであなたが諦めてしまったことです。



それがあなたが本来やるべきことだよ。

「上司がお客様を失ったのは私のせいだ」という罪悪感を生む「言い訳」にしていなかったら、あなたは何をしていたか?です。

それが本来向き合うべき、あなたがすぐにやらなければならないことです。 それをするから罪悪感すら持つ暇がなくなるのね。

その前に「いかに自分ができていないか」ということに向合わないといけません。

自分と向き合う事を避けるために、自分を一方的に責めることに逃げているのが今の状態だからね。

つまり、罪悪感と言うのは、自分が改善すべきところに目を向けずに逃げている状態です。

「どうせ私はダメだから」って。

そして逃げることで実現したいことは、「あなたは悪くないよ」って言ってもらうことです。

それを「承認欲求」っていうの。

自分の不足しているものを埋めるために「大丈夫よ」っていう承認を求めるのは、欠乏からの欲求なのね。


他者からの承認を目的に生きていたら、未来はどうなる? >信用されないからその人がいなくなる。

そうだよね。 大切な人を失って得るものは何だと思う? >ダメなままの私。

じゃ、ダメなままのあなたが、謝るより前に大切な人に出来る事は? >間違いがないか見てもらうことを誰かにお願いします。

そうね、それを改善っていうの。 あなたが諦めてしまっていたことは、「お願いすること」です。


つまり、人に頭を下げることだった、というのがわかったね。



人に頭を下げない人は可愛がってもらえません。


あそこを改善した方がいいとか、ここをこうした方いいとか、外側を変えることばかり提案するのではなく、自分の改善を誰かに協力してもらうことに頭を下げてください。



謝ることだけが頭を下げる行為ではないですしね。


頭を下げるという行為は「お願いする」ということでも実現します。



私の失敗を失敗する前に見つけてほしいと言ってもいいです。


そして、直すのは自分です。




見つけてくれた人には「見つけてくれてありがとう」と言えます。


そうすると、失敗し続けてもいいという安心が生まれます。


失敗する前に失敗を見つけてもらうのだから。


こうして、

甘えるということは「罪悪感」を持たないというです。

罪悪感を他の言葉で言うなら「私のせいで」です。

人が「私のせいで」を好むのは、自分が一方的にかぶってしまう方が、折り合いをつけることをしなくていいから楽だからです。

人間が一番避けたいのは、向き合うことでしょう。 もめ事を避けるために、自分を出すことを諦めるのです。


犠牲も罪悪感と同じです。 犠牲を違う言葉で言えば「自分さえ我慢したら」。 これも自分を出すことを諦めるのです。

罪悪感は、「罪悪感を持った対象に対しても罪悪感を持たせてしまう」というスパイラル現象があります。

私のせいで上司を苦しませた。

⇔私のせいで部下を苦しませてしまった。

この間、0.5秒というのが本当であるなら、「好き」という想いを送った方がよくないですか?

シンクロを信じる人にしかシンクロは起きないからね。

好きな人に罪悪感を持ってほしくないなら、自分が持たないに限ります。

そして、自分の非を認めて実現するために改善してください。

行動→結果→検証→改善→行動・・・ 自分を生きるために一生繰り返すのよ。






ヤマモトマユミ


※望まない結果を繰り返すなら帰納法を実践してみてください。


帰納法を実践したら、望まないことが起きて得たものが、望まない結果を生む原因だとわかる。望んだことよりそれが欲しかったということです。であるならば、どうしたいかはわかるはずです。それを目標に設定し直してください。

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